大変悲しい現実として、家庭の所得の高さと子どもの学力の高さには、明らかな相関関係があることがわかっています。日本教育社会学会などの報告でも子どもの学力と家庭の所得が比例している事実が述べられています。
学力の上位層にいる子どもの家庭は経済的にも親の教養面的にも比較的豊かである場合が多いのです。
東大生の半数以上が年収1,000万円以上の所得者家庭に育っているのも事実です。数多くの研究者が、図のような格差の拡大再生産の未来予測に警鐘を鳴らしています。
今や日本においてもアメリカなどと同様、所得の格差も学力の格差もはっきりと2極化しはじめているのです。
かつては図1のように平均的な学力の子どもたちが一番多かったにもかかわらず、現在は図2のようにできる子と出来ない子に2極化してきてしまっており、それがそのまま家庭の所得格差と重なっているという現象が現れてきてしまっています。
学力が高いこと、収入が多いことがイコール幸せであるのか…?、それは誰にもわかりません。しかし「高い学力を有し、いつでも高収入を得られるだけの能力を持ったうえで、あえて違う道を進んでみること」と、「努力しても努力しても、どう頑張っても生活苦から逃れられないこと」というのでは、根本的な部分から大きく意味が違ってきます。
現在、一流企業の人事担当者達は「夢に向かって努力し自信を持って学生生活を語れる一握りの学生と、何の目的もなくアルバイトだけで大学時代をなんとなく過ごし、友人も少なく基礎力不足の一般学生に二分されている」「優秀な学生は在学中からNPOやボランティア活動で大学の枠を越えて実践し、人的ネットワークの中で自分を磨きコミュニケーション能力を高めている」と口をそろえて言います。
「二極化」が進むにつれてこの傾向はますます顕著になっていくでしょう。現在0~3歳の子ども達を待っているわずか10年、20年先は、中間層がなく「優秀学生」「一般学生」のどちらかに振り分けられて外部(学校・企業・他者)から判断されてしまう時代なのです。
図3は、文部科学省幼児教育課が「幼児教育の無償化の論点」という論文の中に掲載している、社会全体からみた時の教育投資の収益率、すなわち効果性をイメージ化したものです。
社会的にみても、幼児期に行う教育投資が就学後や成人した後の教育投資に比べて圧倒的に効果的であり、経済的であるということを示しています。これからの「二極化の時代」を生き抜いていかねばならない子ども達のために今してあげられる事は何でしょうか?
それは、乳幼児期から「しっかりした心の教育」を与えてあげることではないでしょうか。
ポジティブな思考習慣・豊かなコミュニケーション能力・目標に向かってくじけない強い心・自分の事のみでなく周囲の人々や周囲の環境についてまで思いを巡らせる幅広い認識力・優しさや思いやりを生む情緒の安定・キラリと輝く知性、…それら「心の基盤」を幼い時期にどっしりと育ててあげる事で、学校の成績などは後からいくらでも簡単に伸びるのです。
EQが高い子どもはIQも高い場合がほとんどです。IQが高ければ同じ学習内容でも短時間で習得することができ、貴重な青春時代を受験勉強などでつぶすことがなく、その時間を様々なジャンルの豊かな体験に充てる事ができるのです。
学力=所得の構図を打ち破り、厳しい時代を生きていく子ども達に幸せな未来への切符をプレゼントしてあげられる鍵は、「教育」にかかっている、といえるのではないでしょうか?